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11月28日(金) 断水

Vendredi,28,Nobvembre
La coupur d’eau



なんだか、家の前がずっとうるさくて夜中も路上で生活ベナン人のどなり声だったり、夜中の2時から4時以外は車やバイクの往来があったり、銃声事件から敏感になっていることもあり、最近さらによく寝られず、しかも、ありえない医療を見ていると、すっごくイライラします。

どんなに疲れていても、必ず夜中に目が覚めます。
年齢のせいかもしれないけれど、日本に帰ったら、静かな環境で寝れることが、楽しみの一つになってしまいました。

そんな中、回ってきた緊急連絡網
「明日から2週間、コトヌ市内で断水という噂があります」
って・・・、
2週間?!!!!!


ありえへん・・・・。
しかも、さっき、シャワーの途中で断水になって、ため水を半分使ったところなのに・・・。
しかも、出る様子がなさそう。

絶望的。



1.干からびて、死んでしまう。
2.不衛生の為、感染症で死んでしまう。
3.他の隊員の所へ避難。
4.明日の朝一番で、水を買い占める。
この3つの選択肢しか浮かばない。

とりあえず、蛇口を全開に開けて、夜間水が出ることを祈って寝た。

夜中2時。
水の音。でも、出たり止まったり。
見に行くが、洗面器に全然たまっていない。
ので、ベッドでごろごろ過ごす。
4時。
水の勢い良い音!!
バケツ、空のペットボトル、濾過機に思いっきり水をためて、寝る。

朝。
水が出る!!
洗たくをする。

11時。
水がまだ出る。
夜19時。
いつものチョロチョロ具合で水はでる。

どうやら、噂で済んだようです。

こんな調子なので、ゆっくり寝れません・・・・。
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11月27日(木) いやはや・・・(医療者向け)

Jeudi,27,Novembre
Oh là là!


URGENCE(救急)という部門だけれど、
実際にくる患者さんは、救急車での母体搬送、子宮外妊娠、外来からの異常妊娠の患者、普通分娩の患者、一度も受診した事のない妊婦など、
日本の緊張感があるような救急とは、異なる印象。

まだ、システムがいまいちよく分からないけれど、
一人の救急にいたスタッフが、分娩で入院した患者1名につくことになり、
彼女に「私と一緒に行く?それとも、ここ(救急)で、他の人と一緒に働く?」と言われ、
彼女の仕事を見たかったので、一緒に行くことにした。

陣痛室。
扉を開けると(開けっぱなしの方が多いけれど)、ベッド(日本みたいないいのじゃなく、診察用の簡易ベッドみたいで、より汚い)が約8台。スタッフは、みんな外兼用のスリッパをはいているのに、妊婦さんには、陣痛室へ行くまでに靴を脱がせている。
そして、服も、パーニュ(布)をバスタオルみたいにまく。だから、陣痛で痛いところ診察されて、そのままにされて、パーニュがはだけたまんまになっている人もいて、ほぼ全裸。
洗面器よりもふたまわり小さい容器を各妊婦に用意され、そこで、排泄するのかは、よく分からないけれど、時々、その上にのっかている人もいる。そして、その同じ容器で、洗うことなく、ガーグルベースンとしても使われている。

入院となった産婦は、37週、特に既往歴などもなく、妊娠経過も問題なし。ちなみに、6ムルチ。
なのに・・・
助産師は、産婦が買ってきた点滴を準備し(*1)、薬剤を聞くと、陣痛促進剤。
何で???
しかも、輸液ポンプなく、手動っていうか・・・、滴下数のカウントもなく、目分量?
しかも、分娩監視装置がここの病院にはあるけれど、使用せず。
胎児心音は、1時間に1回聴取。しかも、陣痛の間歇時に10秒ぐらい。
ありえへん。
陣痛も3~4分。でも、まだ軽い下腹部痛のみ。診察所見は、3~4㎝。
でも、嘔吐が激しくなってきている。心音聴取位置は正中。
スタッフは、隣のベッドに座って、見ているだけ。
あり得ない。
私は、産婦さんの横に付き、おなかを一緒にさすったり、はいていれば背中をさすったり
リラックスする様に促したりとケアを行った。

私は、「あ~やばいんじゃない?そろそろ分娩室へ行った方が・・・」なんて思いながら、他のカルテも見ていると、
「ぶんべ~ん!!」って聞こえて、見ると、すでに児頭が・・・。
つるっと生まれ、赤ちゃんは、ママのおなかの上にある新しいパーニュの上へ。
鼻から羊水ズルズル、しかも、まだびちゃびちゃなのに誰も拭こうとせず、
私は手袋をつけ、顔面を鼻筋そってしっかり拭き、羊水を拭き取った。

クーパーでさい帯が切られ、赤ちゃんは分娩室の方へ・・・。
しかも、その間、誰もスタッフいないし・・・。
私、本当は何にもしちゃいけないけれど、輪状マッサージしながら待った。
そして、スタッフが戻ってきて、胎盤娩出。
まだ、剥離している様子がないのが明らかなのに、コッヘルを胎盤側へどんどんさい帯をひっぱては、つけなおし、ぐいぐい引っ張る。
「あ~、ほんと、やばいって!!内反かさい帯断裂するってばっ!!!まだ、5分も経ってないんだし、待てばいいのに!!!」っと思っていると、
あー、案の定、
「ブッチっ!!!」
ありえへん。
スタッフは、「はぁ。なんで、きれるの!仕方ないわね~」みたいな態度をとって、出ていく。
はぁ・・・ここから、用手剥離。清潔不潔が分かっていない人がすると思うと、ぞっとする。

つけてきた手袋は、やっぱり、滅菌では、ない。
ここのスタッフは、あまり、行う処置について患者さんに説明することがないので、産婦さんは何度も、顔をあげて不安そうにしていた。
私は、産婦さんにつたないフランス語で説明する。用手剥離。すっごく、がさつ。。。
しかも、麻酔もない。
痛そう・・・。

胎盤が娩出され、終了。その場で、胎盤のチェックをすることもなく。。。。
翌日に退院するのに、胎盤遺残あったらどうするの?!

あっという間に、さらっと終わった分娩。
私は、彼女の横について、輪状マッサージしながら「おめでとう!!かわいい赤ちゃんだね。見えた?」と話しかけながらねぎらった。

しかも、この分娩は、陣痛室でおこったこと。陣痛室のベッドには、カーテンなど他のベッドと仕切るものは何もない。だから、向かいや隣の人は、生まれるところを一部始終みているし、中には、いびきかきながら寝ている人もいるし・・・。

こんな環境にはなれたくないっ!!!!


*1:ここでは、受診し、処方箋をもらって、薬剤を買って、それから、再度受診し投薬してもらうシステム。

11月22日(土) 事件の結末

Samedi,22,Novembre
Le résultat de l’affaire


昨日の銃撃戦のせいで、あまり寝れなかったし、
なんだか、少しの音に敏感になってしまった。

事件の詳細は、ダントッパというかなり入り組んでごちゃごちゃしている市場にある
銀行2か所に、強盗が入った。
強奪した金額は、4億FCFA(フランセーファー)、日本円にして、約1億円。
死者と負傷者も20名近く民間人にいた。
強盗の20名は、ナイジェリアに逃げたという噂。

警察も出て撃ち合いになったらしいが、
結局、20名も逃げて、ちまたの噂では、警察もグルじゃないかなどとも、言われている。
信用ならん・・・・。

そして、なんと、今回強盗にあった銀行の1つは、4月にも、強盗が白昼にはいり、
銃を撃ちまくって、逃げたという銀行。
その強盗たちは、
「また来るから~」と4月1日に言って逃げたらしい。

そして、今回も、
「また、正月に来るから~」と言って(壁に落書きして?)逃げて行ったらしい。

・・・・

11月21日(金) 銃撃

Vendredi,21,Novenbre
Les coups de fusil


夜、活動関係を家でしながら・・・
気にならなかったけれど・・・
よく、考えると・・・
「この国に、花火なんてある訳がないっ!!!」

実家にいる時も、神戸に住んでいた時も、夏の夜は、花火大会の音が響くので、その延長で捉えていた。

20時半頃
同じ音を繰り返す銃声が聞こえる。
外をのぞくと、いつも車とバイク、人の行き来で大混雑である家の前の道が、一方通行になっていている。
しかも、反対からくるバイクは引き返し、人も同じ流れに沿って走っている。
うちのガルディアン(≒守衛さん)は、庭の内側でしっかり扉の鍵も閉めて待機している。
なんだか、いやな雰囲気だったので、1階に住む同期隊員のYと話をして、窓から観察。
やっぱり、おかしいとなり、他の同居隊員と相談。
ガルディアンに話を聞くと、ダントッパ(大きな市場)かミセボ(ナイジェリア人が多い地区)で強盗があり、銃撃しているらしいと。
同居人は、事務所に連絡。
私は、近くに住む隊員に状況を連絡し、注意を促した。
その数分後、タントッパのすぐ近くに店を持つ韓国人の友人が、状況をJICAに伝えてくれ、事務所から連絡があった。
「移動しないでください。自宅で待機してください。ダントッパで、軍隊もでて、銃撃しています。」
それから、緊急連絡網が回ってきて、全隊員に情報が回った。
「今日と明日は、都市間の移動禁止!」

しばらくすると、銃撃の音は聞こえなくなり、一方通行から、いつも通りの車の流れになった。
やれやれ・・・おさまったかぁ。

それも束の間、22時半頃
銃撃戦が聞こえる。
さっきよりも、音が大きく、しかも、撃ち合いの音。
一瞬にして、家の前の通りを走っていた車やバイクがいなくなり静まりかえった。
ヤバい。

すると、すぐに事務所から連絡があり、
「まだ、銃撃きこえますよね?他の隊員から連絡があって、電話しました。公用車で迎えに行く事もできない状況なので、自宅待機してください。」
部屋を暗くして、窓から離れて休むように。
流れ玉に注意してください。
明日連絡あるまで、外出禁止。
何か変化があれば、夜間でもすぐに調整員に連絡するように。

以上を言われ、「では、寝れないと思いますが・・・おやすみなさい」って。
私、こんな状況で、寝れませんけれど。
しかも、流れ玉に、注意しろって、流れ弾を、よけてみまぁ~す!!

つっこみどころ満載の電話で、笑ってしまった。

そんなこんなの中、気付くと、地方の同期隊員や隣の建設事務所で働く日本人の方から、「大丈夫?」というメールや電話。
特に、地方隊員の人は心配することしかできないけれど、でも、それでも、声をかけてくれたことが、うれしくて、少し、ホッとした。
心強かった。
ちょっとした一言は、実際に何もできなくても、すごく力になるんだなっと感じた。


いやいや、今日の昼に、他の国で勤務する企画調整員の方が、活動先に来られて、「ベナンは、安全だし、人も優しいし、いい国ですよ。そこら辺を歩けますからね~。カメルーンやコートジボアールは危ないですからね~。」と、話していたばっかりだったのに・・・・。

そして、その銃声を最後に、終わった。前の通りも、いつも通り。
床に就いたのは2時でした。


11月20日(木) 救急部門

Jeudi,20,Nobenbre
Service des urgencies


活動も少しずつ、本格化してきました。
私の要請項目の一つには、
「本邦や第三国へ研修に行った現地スタッフのフォローアップ」がある。

彼女達は研修に行っているが、
「物がないからできない」
「人がいないからできない」
「行っても意味がなかった」
と言っている。
そして、何も還元しない。な~んにも、しない。

しかし、物がないといえども、血圧計はあるんだし、
(ここの病院は、物はそろっている。)
ぼ~っとしている助産師や、話たおしている助産師もたくさんいるんだし、
チンタラ働くのではなく、もっとしっかり患者さんを観察して、もっと効率的に業務ができるはず!!

最近、本当に、日本で一緒に働いていた大切な同期や先輩、かわいい後輩達は、勤務時間が過ぎても文句言わず患者さんの為に、休みの日も受け持ちの患者さんに急変があれば病院に行ったり、勉強会等を企画してみんなが参加し、一生懸命働いていたんだなぁと、感じます。日本人のまじめさって、すごいなぁっと思います。

余談になるけど、
「真由美が2年終わったら、今度は私が日本にいって、真由美と働く~!」なんて、よく言われるけれど、あなた達の調子で仕事をしていたら、務まりません!!!と言いたくなる。
そして、少ない給料も、仕事の量と質とを考えると、それ相当の給料とも思える。

救急で搬送された妊婦も、病院へ到着後放置。
そりゃ、妊産婦死亡率は下がりませんし、救命できても、社会復帰という面からみると、
かなりリスクがあるのでは?と、疑うのは当然。

フィールド調整員や専門家、看護師、保健師、栄養士と助産師の私によるグループ派遣。
そんな事で、私が、産科救急の状況をチェックし、それを専門家に提出して、今度モロッコへ研修へ行くスタッフ教育の参考資料とすることになった。

今日、一緒に働く助産師へ挨拶しにいった。
来週から、みっちり救急へ携わることになりました。

がんばろ~っと。

11月16日(日) 祭り

Dimanche,16,novembre
fête


わ~いっ!!
赴任後の3か月移動禁止が解禁となり、喪があけた!!
これから、ベナンを探検し放題★☆

ずっと以前から、同期隊員で解禁祝いと、この3か月誕生日を迎えた隊員が多いので、
お祭りを、首都のポルトノボに住むTさんの家で行った。

土曜日
一緒にそこに住む先輩隊員も準備をしてくれ、バーベキュー★
豚肉は、絞めた直後のだから、やわらかくてすごくおいしい!!
夜中の4時まで飲んだくれ・・・。
IMG_0012.jpg


日曜日
元気組は、早くに起きて午前中に市内観光
昼は、アジャラという街に行き豚肉を食べに行った。
そこの店は有名で、遠くから食べにくる人も多い。

buta.jpg
焼き豚、煮豚。ガリ(山芋をすって乾燥したもの?)を豚のゆで汁と混ぜたもの。ソースは豚の血でできたもの。

そして、アジャラからピロー(小舟)にのってアブランクーへ。

piro-gu.jpg

コトヌとは、異なり、本当に自然がいっぱい。熱帯雨林!!






ベナンも日本と同じ様に南北に長く、自然が豊富。
特に、北に行くと、国立公園が広がり、自然のカバや象など、運がよければヌーの大群も見れるらしい。中部に行くとバオバブの木が生い茂っている。また、雨季には蛍が!地方に行けば、今にも手が届きそうな星空が!!雨季には、川が氾濫して、カヌーで行ける場所もある。

(しょぼすぎて?)3回行くと魅力を感じる世界遺産もある。

おこしあれ~ベナンへ。

11月26日水曜日

ずいぶん、長い間、ブログを更新できませんでした。

熱も、2日で下がり(知恵熱?)、
翌週、発熱なしで、一通り風邪症状が1週間続き、
ストレスがたまっていたようです。

でも、先週末は、移動解禁になり、首都へ遊びに行き、
活動も、忙しくなり、週末も仕事をしたり・・・

と、がんばっています★


今日は、調べ物をしに、ネットカフェにいます。

また、時間ができたら、さかのぼって色々話題もあるので、
書きまぁ~す!

アビアント!!

11月4日 熱

Mardi,04,Nobenmre
La fievre


マラリアなのか、それとも食当たりなのか・・・
何時間も考えた。

3日の朝、なんだか、いつもとは違う胃の調子。
出勤するけど、やっぱり変。吐き気がするといえば、吐き気がする。
同僚に状況を説明し、家で休むというと、「あら~!妊娠したの?」なんて。
そんなことあったら、私、日本へ強制送還です。

家へかえって、休憩。
体を触ると、ひんやりする。
体温は35℃台。
だんだん気持ち悪くて、吐きそうになったので、ベッドで横になって、休んだ。

なに?これ?食当たり?って、現地食食べていないのに・・・。
熱が低いけれど・・・

案の定、
だんだん熱はあがり、夕方には38,5度になっていた。

マラリアの検査だけでもいこうかな~。でも、蚊に刺されていないし・・・。
ベナン隊員がかかるマラリアは、熱が出ずに頭痛だけとか、倦怠感だけとか、典型的な症状から外れる事が多い。

吐き気は少しおさまり、熱の上昇もおさまってきた。
たぶん、これ以上悪くなることはないかなと思い、
とりあえず、ヨーグルトを食べ、解熱剤を内服。
1時間もすると、熱は少しずつ引いてきて、ずいぶん楽に!

翌朝。

ごくわずかな微熱。
日本なら働くけれど、アフリカだし・・・
念のため、今日は、活動を休んでいます。

病院まのがれて、本当に、よかった。
だって、現地の顧問医も、私、信用できないし、入院なんてなったら、絶対いやっ!!清潔不潔が分かっていない人たちに看護されたら、病気になりそうだし、点滴の薬も、ちゃんと投与されていなかったりするし。しかも、下痢嘔吐でも、ご飯は、現地食の辛いトマトソース。ありえへんっ!!!

11月2日 海

Dimanche,02,Novenbre
La mer


本当は、昨日行く予定だったんだけれど・・・
今日、海に行ってきました!!

やっぱり、殺人的な波、深さ・・・。

鍋の焼肉(煮肉?韓国人の友達がプロデュース!!)をして、各自持ってきた、ご飯やサラダ、パンなど食べて、うだうだして過ごした。

せっかく持ってきた水着とラッシュも、
あまりの波で入る気なくなり・・・
というのは、浜辺から1~2メートルほどしか入れないほどの波と深さ。
そんな中で遊びに行ったU隊員は、見事、眼鏡を波にさらわれてしまった・・・。
懸賞金5万セーファー(12500円)をかけたが、もちろん、見つからず。


子どもの売り子がやってきて、そばで、ずっと座っていた。
1~2時間くらい。
彼女は、私たちが、終わるまでいて、余った食べ物や飲み物を待っていた。

複雑な気分だった。

写真では伝わりにくいけれど、ごそっとえぐられたような海岸岸
2008.11


赤土を抜けると海岸へ!
2008.11 (49)


10月31日 黒人と白人

Vendredi,31,Octobre
“YOVO” et “WIWI”



「Yovo! Bonjour!! Ca va?(ヨボ!ボンジュール!!サバ?)」(白人、こんにちは!!元気している?)
と、産婦人科の待合室にカウンターパートと一緒に座っていると、分娩室担当の助産師がきて、私にこういった。

私は、現地語のフォン語で白人という意味の「ヨボ」と言われるのが嫌。
だって、名前がちゃんとあるから。
他の隊員も「ヨボ」と声をかけれらるけれど、みんな、自分の名前があるのに「ヨボ」と言われるのは、いい気分じゃない。

だから、私は、院内で「ヨボ」と言ってきたら、「ヨボじゃないよ!真由美だよっ!!」と言う。
そしたら、みんな「マユミ~!」と呼んでくれる。

今回も、「ヨボじゃない、真由美だよ!!ヨボって言われるのは、いい気分じゃないから、真由美ってよんでね」っと、言うと、「なんで?」っと言われた。
特に、カウンターパートのエヴは、相当疑問に感じたらしく、改めて、「どうして、ヨボはだめなの?」っと聞いてきた。

エヴは、「けして、馬鹿にしている言い方じゃないんだよ。親しみを込めて『ヨボ!』って、声をみんなかけるんだよ。」と説明してくれた。
私は、「私には、名前があるからヨボって言われるのが嫌。そして、ヨボという言葉は、差別しているみたい。日本語には、“白人”、“黒人”、“黄色人種”という言葉があるけれど、それは、肌の色で区別しているから、日本では、『差別』という意味で、使うことは良くないとされている。道徳の時間でも、そういう風に習った!」と言った。そして、「じゃぁ、同じ様に “noir(フランス語で『黒』)“や“black”と言われても、どうも思わないの?」と聞いた。
エヴは、自分を指して「黒!それは、悪くはないよ。だから、真由美は白、私は黒!もし、“yovo”って言われたら、“wiwi“(ウィウィ:現地語のフォン語で『黒』)といったらいいよ」と、話していた。

この一件があって、色々考えると、
本当は、日本がおかしいのかとも感じていしまった。
肌の色は確かに違う。
けれど、それを、色が違うから「白」や「黒」と言ってはいけないと、意識している方がさべつしているんかな。
意識しているってことは、差別しているという意識が根底にあるように感じる。

そのあと、診察に来た妊婦さん、モロッコあたりの肌の色だった。
それをみて、エヴは、「マユミ!彼女も真由美と一緒、ヨボだよ」と言っていた。

Extra

プロフィール

★☆mami☆★

Author:★☆mami☆★
Béninという西アフリカにある国で、妊産婦死亡率・乳幼児死亡率の改善にむけ、奮闘中!!

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