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5月10日(日) Japan House たけし日本語学校

Dimanche,10,mai
Japan House


しとしと雨が降る中、今日は、Japan Houseに行ってきた。
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風の噂で、最近日本でベナンが熱いとか???!ホントですか?
色々な番組で、ベナンが放映されていると聞きました。
あ~、去年の駒ヶ根に入ってから、世間のニュースからシャットアウト!!!
YAHOOで芸能ニュースを見て、隊員同士、「紀香と陣内が別れたらしい」とか、「○○っていう芸能人って、だれ?」とかそんな事を、隊員連絡所で言い、3か月ごとに来る新隊員から、日本の新情報をもっらってます。
新しい機能を備えたテレビも発売されているとか。
あっ、豚インフルエンザ、知ってます。

さてさて、話はもどり・・・
Japan Houseは、ゾマンホンやビートたけしで有名な団体
IFEが、設立した施設。
ここ以外にも、学校建設や井戸を掘ったりと、色々な活動をされている。
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急な訪問にも関わらず、快く迎え入れてくれた。
敷地の奥では、日本語のクラスが行われていて、後ろから見学させてもらった。
生徒は、20名程。先生は、一番上のクラスの生徒。彼は、日本語が、すらすら。発音も上手。そして、私たちと話をしても、少し難しい言葉でも、ちゃんと理解している。
すごい!!
彼は、3年間、週1回3時間の授業をここで受けて、そこまで話せるようになったらしい。
自分のフランス語と比較すると、落ち込む・・・(T_T)
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授業が一段落した所で、私たちの自己紹介。
もちろん日本語で。


施設のスタッフから、「滅多に他の日本人と会う機会が少ないから、いい刺激になったと思います。また来てください。」という言葉を頂いた。
同じコトヌー市内にあるので、また、時間がある時に、行こうと思った。

そうそう、ビートたけしが、ここの学校へ来る予定があるらしい!!
忙しくて、日にちはまだ確かではないらしいけれど・・・
任期中に来てほしいなぁ!

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右の心得には・・・
先生も生徒も尊敬します
授業を休むときは、連絡します
日本語ではなします
携帯電話の音を鳴らしません
食べません
図書館の本は1週間だけ借ります
コピーのお金を払います
と、書いてありました。


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5月3日(日) 北旅行⑤

DImanche,3,mai,2009
Voyage vers le nord N◦5


昨晩も土砂降りの雨のおかげで、扇風機いらず、涼しい夜だった。
どうやら、ベナン全土、雨季に入ったみたい。

朝7時初のCOTONOU(コトヌー)行きのバスにのって、帰宅。

コトヌは、首都を差し置き、ベナンで一番大きな街。
今まで、ベナンは、大した自然もないし、見る物もないしと思っていたけれど、
今回、北部に行って、広大な大自然の素晴らしさを感じ、また、アフリカの奥深い文化にも触れ、人々にもすっごく癒された。

ベナンの国が細長く、交通の便もよくなく、車は遅れたり、故障したり、事故したりということも日常茶飯事で、3連休でもなかなか、遠くに出かけることは難しいけれど、
今回、北部旅行をして、ベナンを少し好きになれた。
一晩は、ナティティングー。
もう一度、行きたいなぁ。
今度は、像やライオン、かばなどの動物がみられる国立公園に足をのばしてみたい★☆

5月2日(土) 北旅行④

Samedi,2,mai.2009
Voyage vers le nord N◦4



朝早くから、ごそごそと動き出すC。
起きると、「ごはんですよ~!」
嬉しい!
前に並ぶのは、お米、わかめスープ、のり、しば漬け、卵焼き。
あ~、幸せ★☆
ありがとう、C!

今日は、さらに南下し、PARAKOU(パラクー)へ向かう。
その前に、ジュグー観光で、王様の家を訪問し、グラン・モスケを見に行った。

ベナンは、統一される前、それぞれ王様がいた。
今も、王様という肩書は残り、ジュグーの王様一族は、顔の横に3本の傷があるのが、印である。

町の子ども達。
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左手前の子は、顔の中央に傷がある。これが、王様一族は、顔の横に3本傷が入る。ちなみに、ベナンでは、顔にこのような傷がある人は、多く、これは、一夫多妻制の為、夫が自分の子どもを見分けるために、子どもに傷をつけるらしい。


王様の家
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残念ながら、王様は、コトヌーへ行っており、月曜日に帰ってくるらしい。
玄関から入った部屋にいるおばあちゃん2人に、私がコトヌに住んでいてて、今日、ジュグーを出発しなければいけない事やCが以前も王様の家に遊びに行ったことがある事を伝えると、敷地内を見ても良いと許可をくれた。

中に入ると、コンクリートで作られたお墓がいくつもあり、代々の王様がそこに眠っている。
そして、奥に入ると、王様の部屋があり、そこの前に、王様の奥さんがごろ~んと寝ている。「ようこそ」と迎えてくれて、お水を出してくれた。
ベナンでは、それぞれの家に行くと、水を出され、それを口にするのが礼儀。
その水が、水道水であるのか、井戸水であるのか、まぁ、ないであろうミネラルウォーター的なものなのかは謎。
Cはゴクゴクと2口飲み、その後に回ってきたコップを見て、私は、自分のお腹を信じ、2口小さく飲んだ。

王様は、8人の奥さんを持つ。ここの近くにも、王様の奥さん達が住んでいるところがあるらしい。かつていた先輩隊員は、王様の娘と友達で、ここへ遊びに来たらしい。そして、その先輩は、王様の家をスタンプラリーのように回っていたらしい。いろんな隊員がいるもんデス。


そして、グランモスケへ。
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イスラム教は、(すべてC隊員に聞いた事だが、)髪の毛を他人に見せてはいけないらしい。
だから、道で、Cが身につけているテケンテなどが風で飛んで行ってみるもんなら、近くにいる女性達がめっちゃあわてて、それらを拾い、即座に頭を隠すらしい。
髪の毛を隠す事、お酒を飲んではいけない事、これは、コーランに書かれているから、守らなければならない。
そして、結婚した女性は、他の男性に肌を見せる事や、触れることを許されない。
だから、黒い布で顔を全部覆っている女性も、町中には、沢山いる。
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ちないみに、こちらの左の女性は、後ろ姿じゃなく、前です。
彼女達は、覆いをしているにも関わらず、お互いを識別しているようで、知り合いと会うと話をするらしい。なんで分かるんやろか。
あと結婚した男性も、他の女性に触れることを許されないらしく、ベナンでは握手をして挨拶を交わすので、 “ボンジュール”と言いこちらが手を出すと、時々、断られることもある。

モスケは、広く、裸足で入らなければならない。
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でも、こんな神聖な場所何に・・・・
ベナンの道端でも沢山捨てているビニールのゴミが!!
本当、ゴミ問題、なんとかしてほしいわ。

モスケの屋上へ続く階段の鍵がなく、その日は登れなかったけれど、
Cは、その場所がお気に入りとのこと。
今度、また、きたいなぁ。

そして、パラクーに向けタクシー広場へ。
お店を出しているおばちゃんに、「パラクーに行きたい」というと、「ここに座ってまちなさい!」と日陰の席を案内してくれ、近くにいる男性を捕まえタクシーを探しに行かせた。
南と異なり、北の人は、本当に親切だなぁっと、この旅行期間中感じる。

間もなくすると、タクシーまで連れて行ってくれ、パラクーへ。

途中、幹線道路の両サイドには、マンゴーの木が生え、沢山のマンゴーを実らせている。
そして、その木の下では、バケツに入った大量のマンゴーが売られている。

1時間ほどでパラクーへ到着。
パラクーには、同期隊員2名が住んでいる。
Mの家に行くと、ウェルカムフルーツは、庭でとれたマンゴー!
パラクーに住むもう一人の同期隊員Hもアイスをお土産に来てくれた。

パラクーは、ベナンのパリと隊員の中では言われている。
コトヌーよりこじんまりし、人は少なく静かだけれど、街自体は大きく、物もそろっている。
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夜は3人で、ハンバーガーとパフェ!
お店が新しくできたようで、パラクー隊員の2人は、自分の街にこんないい店ができたことに大騒ぎ。
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庭でそだったマンゴー9個、もらって、明日の7時発のバスで帰宅。
あっという間の休日だったなぁ。

5月1日(金) 北旅行③

Vendredi,1er,mai,,2009
Voyage vers le nord N◦3



北旅行3日目。
昨日は断水でシャワーに入れず、朝浴びた。
昨晩も雨が降って、むしろ寒く、朝のシャワーは少し辛かった。

ナティ隊員とKota滝へ!
幹線道路から脇道へ入り、赤土が続く山道を走る。
途中、トラックが通り過ぎると、土埃が舞い、ゲレンデのようなガスっている状態。
カバンや服が赤土で染まる。
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そして、さらに車1台がやっと走れる細道に入り、ひたすら行く。
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到着。

川が見えるけれど、滝らしきものはない。
ここからは、歩いて行く。
ひたすら山の中を歩く。
なんとなくある道を頼りに。
全く滝の音どころか、水の流れる音さえ聞こえない・・・。
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本当に合っているのか?と不安になるくらい歩き、
聞こえてきたのは水の音!

あった!!
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薄い岩が幾度と重なった上から落ちてくる水。
雨季には、滝のふもとで泳げるらしい。

連日続いた雨のせいか、水は泥水で、汚く、はりきって水着を持ってきたナティ隊員も泳がず。


その後、別れを告げ、DJOUGOU(ジュグー)へ。
タクシーで2時間ちょっと南下する。
やってきたのは、髪の毛を隠し、テケンテ(イスラム教の人が頭にかけている布)を頭からかけたジュグー隊員のC。
ここ、ジュグーはイスラム教徒が多く、歩けば何度もモスケを見る。

彼女の案内で、再度、ベナン食チャレンジ!
トマト味のパスタ。
ちなみに、ベナンも、スパゲティーは流通しており、レストランはやバーで食べられる。
けれど、極細スパゲティーで、本当は3分湯がくのに、なぜかここは、延々と湯がき、面は、水分を吸いきった状態。比べるならば、そうめんが余って、翌日に作った“にゅうめん”よりひどいと、私は思う。
トウガラシ抜きで!と注文したのに、めっちゃ辛い…。
辛すぎる・・・。激辛。
Cは店員に、「トウガラシ抜きでって言ったのに」というと、店員は「唐辛子は入っていない。調味料だ!」と。
なんの調味料ですかっ?????!
だんだん胃が痛くなり、全部食べられず。
あまりの痛さで、そのまま、街を観光することはできず、一旦C宅へ引き揚げ休憩。

フルーツポンチを作ってくれて、胃の痛みが緩和されたところで、市場へ。


晩御飯は、おくらのネバネバを生かし、玉ねぎと卵で作ったあんかけを、Cが日本から送ってもらったインスタントうどんにのせて、二人で日本の味に感動しながら何度も「おいしー❤」と叫びながら食べた。
ちなみに、おくらは、アフリカが原産地デス。
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日本で日夜研究をしているレトルト開発者に感謝します。
納豆のレトルトも開発してほしいなぁ。。。

4月30日(木) 北旅行②

Jeudi,29,avril,2009
Voyage vers le nord N◦2



「行ってきま~す!」のナティ隊員の声で目覚めたのは、何と7時!!
昨日、21時に寝て、夜中12時に雨音で一度、目が覚めたのみで、ずっと爆睡。
しかも、布団はござ1枚、それと自分が持ってきた掛け布団代わりのパーニュ(布)1枚。
相当疲れていたのか、どこでも寝られるようになったのか…。
日に日にたくましくなっていってます!

ナティ隊員を見送り、準備をして、ナティ観光に、出かけた。
ナティから南西に43kmに位置するトーゴとの国境沿いにあるBOUKOUMBÉ(ブクンベ)という町がある。
そこは、ソンバという民族?村?があり、ガイドブックによると、かつては裸で生活をしていたのが有名で、1970年代から服を着るようになったらしい。そして、ダホメイ王朝時代の奴隷狩りとキリスト教とイスラム教の広がりを強く反対していたらしい。

まずは、そこの博物館に行った。
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観覧料は1000FCFA(200~250円)。受付のお姉ちゃんに言うと、彼女が、つきっきりのガイドをしてくれた。ちなみに、お客は私一人。
その間、警備員が受付を担当する。

写真禁だったので、何があったか説明すると、
楽器
 太鼓;お祭り用とお葬式用
 マラカス
 足にかけて音を鳴らすアンクレットみたいな楽器 等
宝石
 鉄でできたネックレス
 わらでできたネックレス
 蛇を切って乾燥させ、それをつなげたネックレス 等
写真
 弓で獲物を捕まえるほぼ裸の男性
 割礼の儀式
 物品販売(貨幣が流通していないので、豆で品物と交換)
 王様
模型
 ソンバの家→部屋、食材倉庫もあり
 お葬式の様子→タンカーに亡くなった人を寝かせ、足だけを出して布を覆う。女性は右手を、男性は左手を布から出す。そして、タンカーを2人の人が頭の上に乗せて、村を回って、土葬する。
その他の展示物
 旅行の際に使っていたカバン(わらでできた籠)→やはり、頭の上に乗せて使用
 食品を貯蔵していたわらの籠
 フランス人がいた時の剣とカブト(ヘルメット?)
 割礼時に使用する物品
等の展示物があった。

30分ほどだったけれど、すごく面白かった。
フランス語での説明だったけど、ある程度理解できている自分が嬉しく感じた★
また、行って、今度は色々質問してみたいなぁ。

そして、次はソンバの村へ。
タクシーで約1時間。山を超え、坂を下り、また上り…途中で車を直し。。。

ここがブクンベの中心地。
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すでに昼近く。午後はナティ隊員とKota滝に行く約束をしていたので、
タタソンバの家は2件だけ見て、戻ることにした。

土でできた家。上のテラスへも登れる。中央の人が案内人。フランス語が通じなくて大変だった…。
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階段 Y字の木を立てかけているだけなので、足を踏むごとに グラグラ・・
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そして、タクシー乗り場へ…。
30分ほどで出発すると言ったのに・・・・
結局、そこで3~4時間待たされた・・・。090430 (46)


しかも、ワゴン車で、運転席の後列に座ったのはいいけど、そこの部分に何と老若男女合わせ9名!!
私の前に、向い合せに座った小さな男の子は、車の揺れで途中でウトウト・・・
そして、いつの間にか私の膝の上に顔を伏せ寝ていた。
案の定、私のズボンは、ヨダレでびしょびしょ。

到着したのも夕方過ぎ、Kota滝は行けず、丘に上って、ナティ市内を一望。
向こうの丘の奥には、また、限りなく、どこまでも地平線とつながるまで、ずっとずっと緑が生い茂る。
すごいっ!!
広大さに圧倒された。
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コトヌに住んでいると感じなかったアフリカの文化、大自然を感じた一日だった。

そして、その夜は、ベナン食チャレンジ!
実は、ベナンに来て1か月間は、時々ベナン食を食べていたが、
あまりの辛さと油の多さで下痢を繰り返していた事、
そして、繰り返すうちにおいしいと感じない事により、それ以来の8月間、ただ1度豚肉料理を食べたのみで、その他は、ずっと自炊かパンを食べていた。
北部は、インニャムピレといって、ベナン風山芋(日本より苦みがありかたくゴツゴツしている)を“おもちつき”みたいに叩いて食べるのが、南部よりもおいしい事で有名。
そんな訳で、ナティ隊員行きつけのお店で夕食。
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左がインニャムピレで200FCFA(40~50円)分。右は、インニャムピレをつけて食べるトマトベースでできたソース、中に入っているのは、右がチーズで左がホロホロ鳥。ちなみに、注文するときは、インニャムピレ○○FCFA分という。200FCFAから。


久々に食べると、おいしく感じた。
でも、インニャムピレは、イモ。おなかにくる。
結局半分は、ナティ隊員に食べてもらったけれど、全部食べきれず。
トマトベースのソースは、濃くがあり、少し辛くておいしかった。

そして、その夜も、
帰ってきて速効、また布団、いや、ござの上へ・・・。

4月29日(水) 北旅行①

Mercredi,29,avril,2009
Voyage vers le nord N◦1



ベナン北部へ旅行に行ってきた☆
5月1日(金)は、メーデーで休み。3連休。
水曜日から2日間休みをとった。

目指すは、最北部のナティティングー(以下ナティ)に滞在する隊員宅。
ガイドブックによると、バスで約10時間…。
パリまで軽く行ける。。。

以前、ナティまで行った隊員に聞くと、6時前に来いと言ってたのに、出発したのは6時半近くやったよとのこと。
でも、念のため、6時には着こう。早朝起きて、ご飯をしっかり食べ、トイレもしっかり済ます。
途中のトイレ休憩は、運転手に
「トイレ行きたいで~す」と言って、バスを止め、そこら辺で用を済さなければいけない。

まだ太陽が昇らないくらい中、バス停まで10分歩く。
こんなに早く歩いた事はなかったけれど、結構、ベナン人起きている人が多い。
バス停に到着し、係りの人に言う。
「ナティに行きたいんですけど。」
なんと、その係りの人曰く。
「もう出ちゃったよ。」

え゛―――っ!?ありえへん。アフリカ・タイムじゃないんですか?
「いつ?今、6時やんっ!!」
係りの人、「今さっき。」
今さっきって???
肝心な事を忘れていたことに気づいた。
“ベナン人、人を待たすのは平気だけれど、待つのは大嫌い。”

あ~・・・しまった・・・・。

一台、バスが止まっていたので、聞くと、パラクー行きのバスで7時出発。
これで、パラクーまで行って、タクシーで行こう。
って・・・、1時間も、ここで待たなあかん。。。

ボーーーーーっと、待った。

親切なことに、東洋人の女の子が荷物を持って一人でいるもんだから、
集まってきた他のお客さん達が、ナティまでどうやっていくと一番いいか考えてくれた。
ダッサという所で、北西部のナティと北東部のパラクーとに分岐する。
結局、ダッサで乗り換えることになった。

チケットを買い、乗車。
出発。
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バスからの景色は楽しい。

道の両サイドに、商品が並ぶ。白いものは、タピオカ。
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ベナンの中部には、岩山が並ぶ。


無事、バスもナティ行きに乗り換え、
デコボコの道でかなり酔い、酔い止めを内服し、
すると、次は睡魔に襲われ、爆睡し、
終点のナティまで、無事到着。
着いたのは16時過ぎ。
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バス停まで迎えに来てくれるまで、今日は、市場開催の日だから、探検した。
市場は広いけれど、売っているものは、
布、古着、生活用品、缶詰、
野菜→玉ねぎ、おくら、トマトがほとんど。
たまに、葉っぱ(種類は謎)が売っている。

そして、ナティ隊員の家へ。
迎えてくれたのは、おいしい冷えたマンゴー!(北部の方がおいしく感じた。)
そして、都会のコトヌーからのお土産は、パイナップル3個と板チョコ。
パイナップルを買うことができないナティ隊員は、すごく喜んでくれた。


ナティの人達は、とても素朴で純粋。
道を歩く人達がみな「こんにちは!」とか、「ようこそナティティングーへ!」と、見慣れない私に声をかけてくれる。
これが、コトヌーだと、「おい、ヨボ(白人)!何かくれ!」なの(-“-)

結局、夜ごはんを食べた後、私は、速効睡魔が・・・・。



4月27日(月) ベナンに来て、一番悲しかった日。

lundi,27,avril,2009


朝、活動先に行くと、いつも一緒に働いている助産師のパスカリンが、
「マユミ、ビッケェイ先生知ってる?」って聞いてきた。

ベナン人の名前は、まだ、私の耳に慣れないから、なかなか、覚えられない。
「う~ん・・・????」

「彼を知ってる?」
いつもと話し方が違う。そして、何度も、彼を知っているか、分かるかと尋ねてくる。

「う~ん・・・?」
ヴィッキーのことかな?
「その先生、私見たことある?」

すると、パスカリンは
「真由美は知っているよ。いつも“OHAYO!”って言ってくれる人。」

「彼はどんな人?」

パスカリンは
「いつも小さなバッグを持っている人」

あっ!やっぱり、ビッキーの事かな?
「ビッキー先生?スペイン語が話せて、いつも、私を見たら、“OHAYO!”“GENKI?”と言ってくれる先生?」

すると、パスカリンは
「そうそう。」と言う。
そして、彼女が次に言った言葉は、
「彼は、亡くなったよ。」

ん?今のフランス語、聞き間違え?
「パスカリン、その“亡くなった”が分かんない。どういう意味?」て、聞くと
パスカリンは、他の言葉で表現し、
「彼は、死んだの。」

一瞬、ウソだと思ったけど、隣にいるいつも歌って陽気で、とっても元気な助産師が、
「ビッケェイ先生は、亡くなったよ。土曜日に。私、家で横になって寝ているのを見たの。」っとぼそっと言った。

それでも信じられなくて、ベナンのエイプリルフールが今日であるのかとも思い、
何度もパスカリンに、
「嘘でしょ?」「ほんと?」「信じない」と、知っている限りのフランス語で、言葉を変えて何度も聞いたけれど、
それでもパスカリンは静かに
「彼は、土曜日に亡くなった。」っと言った。


ビッキーは、
実は、先日、喧嘩して、私が叩いた先生。
ビッキーは、私と顔見知りになるとすぐに、
いろんな日本語を教えて欲しいといい、
私は挨拶を教えてあげた。
彼は、それをちゃんとメモして、覚えてくれた。
しかも、挨拶は、おじぎまでセットで毎回してくれる。
喧嘩した後も、お互いドライなのか、そこまでの信頼関係を築けていたのか、
ぎこちなさもなく、今までと変わりなく、
会うと“OHAYO”と笑顔で挨拶をしていた。
そして、週末に入る前の金曜日、
彼が救急に来て診察する前、彼は自ら手をちゃんと洗い、
そして、「マユミ!もう、石鹸がなくなっているよ!」っと教えてくれた。
私は、看護助手さんを探して石鹸の補充を依頼して戻ると
「洗う時に石鹸がないのは、よくない事だね。」と言い、
彼に「今、助手さんに補充を頼んだよ!」っと返した。
それが最後の彼とのやりとり。


いろんな事が思い返されて、涙が出てきた。
助産師達は、私の手を握って「元気出して」っと言ってくれる。

ビッキーは、病気もちでもなく、院内のお知らせや現地語を交えての助産師達の話を聞くとおそらく心筋梗塞で亡くなったのだろう。
救急車も来て、心臓マッサージもされたけれど、助からなかったと。
ビッキーと何度か話をするようになると、「マユミ!お前も、おれの妻だ!」っと言ってくれたけど、私はいつものように断固として「いや~っだもん!!!!」っと返していた。

しょうもないことだけれど、一度くらいは「日本に帰る前には、ちゃんと妻にしてね~」と言えばよかった。

彼がちゃんと手を洗うようになったのも、すごくうれしかった。
ここでは、助産師より上の立場の医師だから、彼と関わることで、いい活動ができるのでは
とも、思っていた。


ベナンに来た6月末から今までの中で、今日が、一番辛くて悲しかった。
きっと、この2年間で、一番悲しい日となるだろう。






Je présente touts mes condoléances pour le décès de Dr.ビッキー.
J'ai été contente de vous voir, Je vous remercie.エナチェヌイ。


4月26日(日) アプロミセレテとダンボ

Dimanche,26,avril,2009


隊員が住むアプロミセレテとダンボへ、遊びに行ってきた。
都会のコトヌーとは、全く異なり、田舎っていうか、村やわ。
ほんとの村!

アプロミセレテに住むRの家に泊まった。
彼女の家は、現地の人も住んでいる長屋。
隣の隣の隣には、アメリカのボランティアピースコーも住む。
彼女の家の奥(外)には、台所、シャワー、トイレがあって、
トカゲの生息はもちろん、ネズミもよく家の中に出没するらしい(>_<)

現地の家庭には水道がないので、みんなここの井戸水まで水をくみに来る
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ガソリンスタンド。ビンの上に刺さっているのは、トウモロコシの芯。もちろん食べた後
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ダンボでは、Tが昼食をふるまってくれた後、ダンボ市内にある村へ行った。

ここは、雨季になったら、ウエメ川が氾濫し、一帯っと言っても、半端じゃない広さの湖となる。

土道の両サイドには、蓮の花

土は、干乾びて、ひび割れて・・・なんだか自分の肌みたいで悲しい。
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雨季になると浸水するので、“高床式住居”
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このポンプは、温泉!
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これがウエメ川。
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4月25日(土) 日本文化紹介&BBQパーティー

Samedi,25,avril,2009
Fête japoneise



青少年活動隊員と体育隊員のコラボで、毎月、色々な地域で日本文化紹介が行われている。
今回は、首都のPorto-Novo(ポルトノボ)の高校で開催されるということで、
私も参加してきました☆★

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プログラムは
日本の風景の展示、紙風船、コマやお手玉、折り紙などの体験
空手体験
健康教室(HIV/AIDS)
理科の実験
日本語教室、よさこいソーラン節の披露   等

書道では、自分たちの名前をひらがなで書いて、それを胸に貼ってもらった。

来場者は、なんと200人以上!!
この日、私は浴衣を着て、正門で客引きと案内係。
浴衣はベナン人にも大人気で、写メを撮られたり(この国も携帯文化は進んでます!)、おじさんに「浴衣をくれ」と言われたり・・・。
おまけに中学生?らしき少年に「かわいいね!どこのクラス?」と聞かれたり・・・。
いやいや、うれしいけれど、私、28歳なんです・・・。

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午後は、日本人でBBQパーティー!
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絞めたてのブタを市場で買ってきて、炭火焼き。
養殖隊員が、昨晩から下ごしらえしてくれたアジの干物も炭火焼き。
最後は、リンゴやパイナップルのワイン蒸し。
甘~い香りと口の中で広がる絶妙な味。フランス料理のデザートみたい❤

炭火をおこすのも大変だけれど、ここでは、ガスを使わず炭で毎日料理している地方隊員もいるから、火をおこすのが、めっちゃ早い。脱帽・・・。
ちなみに彼の最高記録は、30秒だとか。

隊員が飼っているマトン(ベナンの南部では、山羊の事を羊と呼び、主な食用肉となってる)。名前はヤギ ユキちゃん。大きくなったら食べるそうです。
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しっかり大きくなってね!



同期隊員の家をのぞくと・・・冷蔵庫の横にはこんなに空き缶が!
彼は、空き缶が売れるからと言っているけれど・・・ただの飲んだくれっ?!
ちなみに冷蔵庫の中も、野菜は一つとなくビールでいっぱいという噂。。。
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4月23日(木) 鶏肉食べる

Jeudi,23,avril,2009
Manger du poulet

現地食が苦手だけれど、
最近のお気に入りは鶏肉屋
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炭で焼いた鶏。
ベナンの鶏肉は、筋肉質で、日本の様なやわらか~くて、
ジューシーな肉がない。
けれど、ここのお店は、比較的やわらかくておいしい。

大きい骨付き鶏肉!
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これが2つと、玉ねぎとトマトの炒め物、ご飯、ポテトフライ。
炒め物もギラギラしているし、ご飯も油を入れて炊いているし。
明らかに、相当なカロリーオーバーだけれど、
大食いの私は、ぺろりと食べてしまう・・・。




最近、マンゴーがおいしい季節になりました。
このサイズで、100FCFA(≒20~25円)!
今年の宮崎マンゴーは20万円だとか?!
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ちなみに、プチサイズの筋マンゴーは、
揉んで、ヘタを取ってチューベットのように果汁を吸って食べます☆
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4月18日(土) 歓迎会

Samedi,18.avril,2009
Réception de bienvenue

また、新しい隊員が来た。
3か月に1度、先輩隊員が帰って行き、そして新しい隊員が来る。
そしてそれと同時に、3か月に1度、報告会、送別会、歓迎会が行われる。

今回、歓迎会の係りになった。
いつも、隊員連絡所で行い、隊員が食事を作って新隊員が語学研修を終えるのをまって、開始ってな感じで、参加者も20名程。
でもっ!!!
今回は、参加者は何と47名!!!
はぁ~・・・。どうしよう・・・。

そして、いつも、炭水化物が多い食事に、少し私は不満だったので、
今回は、新隊員が到着して3週間ほど経って日本食も恋しくなっているだろうと思い、
頑張って沢山の人に手伝ってもらってこしらえたメニューは、
・カレーライス(もちろんルーから!)
・極細スパゲティーでのそうめん
・なす、おくら、インゲン、いかの天ぷら
・ポテトフライ
・から揚げ
・きゅうりのたたき
・野菜サラダ
・肉じゃが
・フルーツ

これが、本当に本当に、結構大変なもので・・・
前日に、肉じゃがを作って、
カレーの下ごしらえをして・・・。

カレーの玉ねぎは、茶色く炒めたあとで、おきなフライパンに大盛り。
玉ねぎの甘みって、本当にすごいと実感した。

そして、当日は、3時間ぶっ続けの天ぷら。

今回、みんな隊員もスタッフも喜んでくれて、すっごく満足!
外国で、しかも西アフリカで、食材が少ない中、日本食っぽい物を作るのは、なかなか大変だけれど、知恵を振り絞って作ってます☆

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4月11日(土) ビーチバレー大会

Samedi,11,avril.2009
Volley-ball

隊員とJICAスタッフ調整員でのビーチバレー大会!
今日のグランポポの海はエメラルドグリーンできれい★
P1060179.jpg


タクシーを貸し切りで、コトヌーからグランポポまで行ったものの、
まぁ、いつものごとくハプニングはあり・・・
無事到着。

15時試合開始!!
最初は暑くてあまり乗る気じゃなかったけれど、
やっぱり見ているだけじゃ、物足りなくなって参加!
だんだん、みんな本気モードになり、
2ゲーム目は、なんと優勝!!!
お祝いに、ヤシの実から作られているお酒、“ソダビ”の一気飲み。
っていっても、ボトルのキャップに1杯。
でも、アルコール度数がかなり高いから、飲んだ後は、テキーラ級に喉がずっとス~ッとするし、
おまけに、一瞬にして顔が赤くなる。。。。
P4110026.jpg



その後、プールで泳ぐ。
すっごく、プールの水は汚くて、
ゴーグルつけて潜ると、
・・・・(@_@;)

ベナンって、学校の授業で水泳を習うなんてことはない。
だから、大きな大きな大人のベナン人が、少々手と足のタイミングがずれている平泳ぎで、息つぎの時に目と口が大きく開いて一生懸命泳いでいるのを見ると、
愛らしい。

夕食後・・・
貸切状態のプール。
そこで思いついた隊員。
「流れるプールやりたい!!」
さすが協力隊。みんな、もちろん賛成だけれど、
ここにいるのは、隊員6名。
そんな訳で、子ども用の4m四方の小さなプールで、真夜中の1時に綺麗な星空のもと、いい大人6名で、必死に流れるプールを作ってました。。。。


いい思い出になるなぁ。(笑)

Extra

プロフィール

★☆mami☆★

Author:★☆mami☆★
Béninという西アフリカにある国で、妊産婦死亡率・乳幼児死亡率の改善にむけ、奮闘中!!

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